現物は非常に綺麗な腕時計だった。
このメーカーのCM画像は出来が良いとはお世辞にも言えない。
この頃少し斜めから射すようになった陽光がその時計を捉えたとき
歯車達が成す光と影はとても美しく調和し、テンプとガンギは心地よい旋律を奏でているようだった。とても良い。シャッターを切りたい気分でしたが、オンタイムだったのでなんとか踏み止まりました。
実際、仕事上の付き合いで腕時計の話を切り出すことは滅多にありません。
理由は様々です。およそご想像通り。それが良い空気を作るかどうかさっぱり予想できないですからね。
たとえばロレックスをつけてる人には100%それに触れないようにしています。本物だったらまだしも万が一にも違ったりしたらバツが悪すぎる。仮に本物であっても良い空気にする自信は21%未満。純粋に腕時計が好きでロレックスを付けてる人と、ロレックスの見栄を含んだ記号性の強さで付けてる人では温度差が激しすぎますから。
それは何もロレックスに限ってではなく、腕時計に対する人の思いは様々なので話題にするには何かとリスキーなことが多いと思います。
ですがそのオリエント は違いました。
聞いてもいい雰囲気に溢れていました。
そしてそういう空気を読むのは仕事柄か割に得意な方なので確信して投げかけてみました。
「素敵な腕時計ですね」
するとよくぞ聞いてくれたとばかりの笑顔。
当たり!だった。
「買ったばかりなんです。200本限定で予約注文してたのがやっときたんです。」
こういう場合でも余程でないとこっちが時計好きであることはなるべく伏せるようにしています。
その方が相手はよく話してくれるからです。
「珍しいデザインの時計ですね。」
オリスタのフルスケルトンですね?とか専門用語は避けて、普通に腕時計を見て綺麗だなと思った素人を装います。
「でしょう?(笑顔) 一目で気に入ったんですよ。コロナで何処にも行けずストレスが溜まっているのですが、この時計を眺めているとちょっとだけ解消します。じっと見つめると引き込まれてそうな宇宙を感じますし、ここの動きがまるで心臓のようで。生きてるようでしょ?」
「本当ですね。眺めてると癒されますね」
これは本当にそう思う。
「ちょっと高かったんですが、思い切って買ってよかったです。ずっと見ていられる....ベルトの留め方も変わってるんです。ホラ。」
楽しそうにそう話しながら見せてくれました。
オリエントの限定フルスケルトンを腕にされたその御仁、
年齢は91歳。
そのお歳を感じさせない実に御元気な紳士です。
つまり、
その齢にして予約してまで欲しいと思える購入欲。そしてその腕時計に対する知識欲。
明日にも繋がる欲望こそが生きるための力ではないか。
人間は欲望の塊であるからこそ生きられる。明日も生きていたいと思える。
当たり前のことですが、人生の大先輩の楽しそうに新しい腕時計を眺める笑顔を見れて改めてそう確信しました。